
TAMA : まず、あなたが参加した最初のバンドのことを教えて下さい。
Abe : 僕が参加した最初のバンドはちょっとおかしな感じだったんだ。僕は海岸のMendocino-僕らは省略してMendoと呼んでいたんだけど-で生まれ育ったんだ。僕ら仲間は11歳とか12歳とかそんなぐらいの年頃で、みんな迷彩服とかそんなようなものを着込んでいたものだから、Marine Corps(海兵隊)をもじって"Mendo Corps"と呼ばれていたんだ。みんなで迷彩服着て、元気いっぱいで、もう何でもかんでも一緒だったよ。それで当時みんなで滅茶苦茶ハマってたのがさ、アメリカにはalternative schoolっていう、ちょっと変わった制度の学校があって、そこでは僕らみたいな子供でもその学校の生徒と交流できるんだけど、そこで音楽を教えてる先生がいてね、もう本当にクールだったんだよ。まだ僕は4年生とか5年生だったんだけどね。放課後にそのバンドに参加していたよ。それに友達も皆若かったから、その先生はとてもよく僕らの面倒を見てくれたよ。そして、僕はその時既に多少ドラムを演奏していて、Mendo Corpsと呼ばれていた小さなバンドをやっていたんだ。そのバンドでは僕がドラマーで、DeftonesのベーシストのStephenがギターを弾いてもう一人の友達がキーボードとかを演奏していたんだ。だから、僕が最初にバーで演奏したのは11歳の時だったと思うよ。他にはパレードや学校なんかで演奏していたけど、とても良い経験だったね。
TAMA : Deftonesの前には幾つくらいのバンドでプレイしましたか?
Abe : サクラメントから引っ越した時、もう一つの別のバンドでプレイしていたね。何ていうバンド名かは忘れてしまったけど。ライブは一度もやっていないし、何度か練習しただけだね。その後は基本的にStephenと僕、それにDeftonesのギタリストでやっていた。始めた時はAnimosityっていう名前で2人でやっていたんだけど、その後にDeftonesという名前に変わったんだ。
TAMA : Deftonesがどのようにスタートしたのか教えて下さい。
Abe : 基本的に今言ったような感じだね。まずは僕とStephenのジャムから始まったのさ。ボーカルのChinoは中学と高校は同級生で、Stephenの家のわりと近くに住んでいたから、Stephenが彼を誘って3人でジャムったりするようになったんだ。そして、その内にChinoが結構歌えるっていうことがわかった。彼は他のバンドでもボーカルをやっていたしね。彼は音楽にずっと興味を持っていたんだよ。そうやって僕らは一緒にプレイするようになったのさ。ただ、ガレージの中でやっていただけだけどね。大体そんな感じかな。
TAMA : ニューアルバムに向けた作曲はどんな感じに進めましたか?また、ドラムパートへのあなたのアプローチはどんなものでしたか?
Abe : 僕達は誰もそういうことについてあまりに深く考えないね。僕達は今回自分達のスタジオでレコーディングしたんだ、それはとても良い所でね。だから僕達は自分達のペースでレコーディング活動を行ったんだ。それはとてもゆっくりとしたペースだったけどね。自分達自身のスタイルを持っていることは良いことだったね。自分たちがやりたい時にスタジオにいつでもスタジオに入ってレコーディングすることが出来たんだ。皆で無為に過ごしてたり、意見を戦わせたり、笑ったりして・・・・そうする内に最終的に何かのアイデアが出て来るんだ。基本的にはただジャムってるだけだよ。そして、僕はゲーム感覚であらゆるアプローチを試した。時にはずっと無為に過ごしたり、時には色んな物事について考えたり、そうしながら僕達のバンドはいつも忙しく飛び回っていた。僕達は兄弟にみたいなものなんだ。いつも一緒にいて、時にはお互いいがみ合ったりするけど、でもお互いのことがいつも好きなんだ。
TAMA : 新しいアルバムの曲の中で好きな曲はどれですか?またその理由も教えてもらえますか?
Abe : 僕は自分達の曲のすべてを知っているというわけじゃないよ。まだ、アルバムに収めた曲のことを思い出そうしているところさ。Battleaxeっていう曲があるんだけど、それは僕達が実際に今回のアルバムのために書いた最初の曲なんだ。この曲は自分達のスタジオで何度もレコーディングして、その後最後の仕上げをするためにシアトルに行ったんだ。ドラムパートのほとんどは自分達のスタジオで録り終えたけど、その後シアトルのスタジオで重ね録りをして、その曲のリトラッキングを終えたんだ。だから、僕達はシアトルのスタジオと僕達のスタジオとで50回ぐらいその曲を演奏したよ。でも、結局最初にレコーディングしたものを使ったのさ。Good Morning,Beautifulもそんな感じの曲だな。この曲も大好きだね。
TAMA : サマー・サニタリウム・ツアーはどんな感じでしたか?
Abe : クールだったね。とても貴重な時間を過ごせたよ。僕はMetallicaを聞いて育ったから、毎晩彼らを見ることができるのはとても素晴らしい経験だったね。僕らメンバーはバックステージでそっと進んでLarsの後ろあたりまで移動して、そんで僕がフロントまで戻ってちょっと確認だけして、ステージのフリーパスをもらったんだ。そしてまたバックステージに戻って、Larsを後ろから見たんだよ。バックステージで見たMetallicaのショーは本当に凄かったね。もう至福の時だったよ、それが1ヵ月半続いたんだもんなあ。ある意味怖くさえあったね。
TAMA : サマー・サニタリウム・ツアーで最も記憶に残ることは何でしたか?
Abe : 最後の日かなあ。ツアーはサンフランシスコのキャンドルスティックパークってとこがファイナルだったんだけど、そこは僕の故郷から車で6時間ぐらいの近い所で、もうなんか故郷に帰ったみたいだったよ。本当に何かの巡りあわせじゃないかって感じだったね。その朝はサンフランシスコでも最も美しい日だった。雲ひとつ無くてさ、空はあくまで青かったんだ。それで朝起きてホテルの窓からキャンドルスティックパークを見に行ったんだよ。ちょうど小さい頃、ジャイアンツの試合だとか、他にもいろいろ見に行ったんだけどさ、49'ersの試合とかなんとかさ。すごく印象深かったね。ツアーぶっ通しでそういう、子供が夢を持って通うようなスタジアムでプレイしてきたわけだからね。そんでもって最後の夜は、僕らがかつて通ったスタジアムで僕らがプレイしたわけだよ。キャンドルスティックパークで、ロックを、さ。印象深かったよ。
TAMA : TAMAのドラムに初めて興味を持ったのはいつですか?
Abe : 多分Neil PeartとそしてStewart Copelandが使っていたことが原因だね。僕が覚えているのは、Stewartのオクタバンを使っていたのと、凄く格好良かったNeil Peartのドラムセットだね。Stewart Copelandが僕が知っている以外にも実に多くのこと成し遂げたように、彼の僕への影響は絶大なものだったよ。単なるメタルドラマーだとは言いたくないけど、彼以外のドラマーはハードヒッターで、ドラムを叩きまくっているだけに見えたんだ。でも、Stewart Copelandは僕が初めて見たドラムを演奏する最初のドラマーだったんだ。
TAMA : あなたの新しいドラムセットはゴールドパーツ仕様のグリーン・スパークルのStarclassic Mapleキットですが、どうしてこのセットに決めたんですか?
Abe : 始めは単なる冗談みたいなものだったのさ。とにかく考えつく限りで最も派手なキットにしようと考えていたんだ。そして、実際こんな派手なものになってしまったんだよ。このドラムを手に入れた時は、箱から取り出してこれに本当に夢中になったね。凄くクールで本当に美しいスパークルだよね。
TAMA : Starclassicのドラムセットで最も気に入っているのは何ですか?
Abe : 見た目が綺麗なことはもちろんだけど、ハードウェアも凄いよね。シンバルスタンドは世界で最高のものだよ。僕はレコーディングでもツアーでも同じセットを使うけど、サウンドも本当に素晴らしいよね。バスドラムだってこんな凄いものは他に無いし、スネアも夢ようなサウンドを奏でてくれるよ。
TAMA : Deftonesで経験した中で、最も記憶に残っていることは何ですか?
Abe : 物凄く一杯あるね。だけど、1つはRioで250,000人も動員した時のことかな。それとあとは僕達がクラブで初めて演奏した時だね。もちろんその間にもとてもたくさんの思い出があるよ。そして、友達と一緒にそういった経験をすることで、僕達は共に多くのことを学んできたのさ。
TAMA : 最後に何か付け加えたいことはありますか?
Abe : まずは、今の僕があるのは皆のお陰だと言いたい。そして僕達を支えてくれる人達や僕達の音楽を聴いてくれる人達に感謝したいね。皆、本当に有難う!